声優をつかうことの意味
痛いニュース経由でしったのだけれど、
痛いニュース(ノ∀`):映画・アニメの吹き替え、“声優”or“タレント” 「上手ければどちらでも」45.2% 「声優がいい」42.3% 「声優は苦手」12.5%
読売の人気サイト大手小町でこんな質問があがっていたそうな。
吹き替えは声優じゃいけないの? : PopStyle&小町 : ライフスタイル : 大手小町 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
こういう話は時々浮上しますなあ。特に学校の休み前後に(笑)まあ明確なソースはないけど体感的に正月映画や夏休み映画の封切に合わせアニメや子供向け洋画の吹替えで声優に起用されたタレントさんたちによるパヴリシティ、PRが行われて目に付くから・・・だと思うんだけど。
本家の方でも最近、シンプソンズの映画の件でTV版のキャスト、総入れ替えの話を取り上げたりしたけど、
web-tonbori堂ブログ : 吹替え問題
ぶっちゃけ、その声をあてている人がちゃんとしていれば問題の無い話で、例えば舞台のキャリアがありホンの読みあわせがキチンと出来ている役者さんならほぼ問題ないだろうと思う。問題なのはそういうタイミングとか間の取り方を知らないタレント、芸人さんでドラマなら相手の反応を見て間をとれるとしてもホンと画しかないアニメでは難しいだろうなと思う。また洋画は別の役者さんの呼吸に合わせなくてはならないので、そこはそれでまた難しいと思うし、そういう別の間で仕事をしている人には向かない。
それでもそういう人たちがキャスティングされるのは一重に宣伝、PR、ビジネス上の話であって『うまければどちらでもいい』とかそういう次元ではなく映画を観に来てもらえるかどうか?という時点の話になっていると考えられる。
そして吹替えの声優云々という人たちは残念ながら勘定をする人たち(マネジメント)には勘定の外と思われている。
『シンプソンズ』の時には声を上げることでオリジンキャストが復活できたが、これも下衆な言い方をすればマネジメントをやってるヤツからすれば『それをつければ、それは売れるし、利益も出るならやりましょか』ってことだろう。損が出るならヤツらはしない、絶対に。とはいえ目に見える部分で儲けが出てなくとも、どこかでペイ出来ていれば出来ることもある。
だが声優さんを使う意味というのは自分にはあると思っていて、それは作品のクオリティを高める事だと思っている。
例えば『攻殻機動隊』は幾度か映画化されTVアニメ化された。その際に草薙素子、バトー、トグサ、イシカワに関しては声優が同じ人が務めている。『攻殻機動隊』と『イノセンス』にはあきらかな時系列のつながりがあるが『攻殻機動隊SAC』に関してはそれは無い。にも関わらずそのキャラクターを担当は当然のようにキャスティングされるのは、つまりはそれだけ役をモノにしている。はまっている。そういう事だと思う。『イノセンス』の時に宣伝に携わったジブリの鈴木Pは別のキャストを模索してはという話をどうやらしたようだが押井さんはそれを蹴ったとか(パンフレットにそういう話が書いてある)、それは草薙素子の声として田中敦子(少佐の声を担当している声優さん)の声がはまっているのにわざわざ別の人に変える必要が無いからと言ったそうだ。
つまりは、クリエイターが声を聴いたり、この声でと考えていたり、オーディションしたりで決めるというのには、それだけの意味があるということでそれを無視したキャスティングは愚の骨頂というだけの話。
但し(余談として)古の『STARWARS』の吹替えレコードとかディズニーの吹替えの場合は制作側にテープを送って声質が似ているというだけで決めたという話を聞いた。
まあそういう場合は、やっちゃったZEというしかないが(笑)
漫画家とりみき先生の声優愛に満ち溢れた対談本。役者の矜持というかプロの誇りを垣間見れるしTV黎明期の歴史の証言集にもなっているので気になる人は一度読んで欲しい。
by tonbori-dr | 2008-09-06 20:34 | 私声妄語

