今更だが大型連休中に思ったこと
個人的には遊びに行ったりとか色々あったがそんなに長くバカン~スっていうことは出来ずにまあそれ以外は大体ウチでゴロゴロだった。
そんなわけでHDRに溜まったドラマやその他DVDを消化していったわけなんだけど夜は夜で久しぶりにニュースなんかをTVで見たりしたけどやはり日本国憲法成立60年(まあ去年が敗戦から60年なんだからあたりまえだが。)に対して安倍政権の掲げる改憲と今エコ、エコとかなりあちこちで言われている環境問題だった。
で憲法のことなんだけれど、まあ護憲、改憲で分けると絶対に擦り合わんのに何で毎度そう対決を煽りますかねと。しかも全体は分けておきながら無難なトコにオチをつけるからさらにトホホ感が漂っている。
これは市井の人々もまあいろいろあるでしょうしそういうところで一つとか思っているのだろうか。
だとしたら馬鹿にしているのかと言いたい所だがぶっちゃけ戦争反対ひとつとっても相手から殺される覚悟が無ければ出来はしないということもちゃんといわないといけないし戦争できるようにしたい方もそれで明日にも自分の住んでいるところにミサイルが飛んでくる危険をちゃんといわなくちゃならない。
まともなリスクヘッジの出来なさそうな今の内閣でそれを求めるのは酷だよとか個人的に考えている。
ただし改憲への手続きはどういう道筋でも通るなとも思っている(手続きね)ただそれがきちんとした改憲への足がかりになるかどうかは解らない。ただ数が優勢なうちはどうやっても(多少の遅滞はあっても)いけるだろうというのは先の小泉政権だけでなくシンキロウいやブッチホン時代から大丈夫とか思っている節があるから。
そして環境なんだけどこれに関しては基本的にあんまエコによりすぎてアンバランスになることを避ければ特にいいんじゃないかと。その周りにこれはエコなんだからって強制するでなく調伏するでなく。
それぞれが出来ることをちょっとだけって感じで。
その食品問題のときでも先の憲法話でも割とこうなんだよ!そうなんだよ!って強く言うと反発起こるしやりましょう!なんて迫られて辟易させてもどうかと思う。
大体コレ10年20年のスパンじゃなく生涯の話だしね。結構子々孫々の話なんだから急にあれもコレもってやったって劇的には変わらないのに人に劇的に変わることを要求するのはどうかなと。いや全部が全部じゃないですが。もっともこれ結構エコでということでエコ詐欺とかトンデモ系に走る人もいそうなんだよな。
特に連休中に見た評論家宮崎哲弥(この人の評判は置いておく)がスピリチュアルブームを切るとかでいってたけど宗教のようにウザイい、いわゆる勧誘、調伏、教義があるのはいやだけどしかったり断定的に物事を言ってもらって最終的には現状を肯定して欲しい人たちがそういうのに嵌っていると分析。
そんなに単純でもないとは思うけどエコなんかは結構そういうのに利用されやすいので気をつけたほうがいいかなとは思ったことを付記しておく。
by tonbori-dr | 2007-05-13 00:22 | 私声妄語

