音楽の神を愛した男と愛された男「アマデウス」

ブログ・DE・ロードショー企画にお誘い頂き地上波放送から数えて何年かすっかり忘れたけれど通しでガッツリ観た。
っていうか、借りに行った某Tにあったのがディレクターズカットだったんだけど、あとで見たら通常版もあって、よく考えると初期のモノを観ると言う意味ではデレカンではない方が良かった気も。でもディレクターズカット版を観た。

ということで、ブログ・DE・ロードショー第13回「アマデウス」、
いろいろ記憶と違うナーというか、毎夜うなされて自らの首を掻ききり精神病院へ収容されてしまうサリエリの元に教戒師の神父が話を聞きにくるところから始まり、その若い神父にサリエリが語って聞かせるという体裁をとっている。

もともとサリエリはイタリア人で商売人であった父の死とともに音楽への道へ進み、ウィーンで神聖ローマ帝国の皇帝に取り入り宮廷作曲家までに上り詰めた、いわば勝ち組。
音楽を幼少時から愛し愛されたいと切望し、望む地位を手に入れた男が、噂の若き天才、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトと出会うことにより音楽の神に愛された男への愛憎に身を苛まれる様をミロス・フォアマン監督が余すところなく描きった。

もともと舞台劇と聞いているけれど、映画も3幕構成になっててサリエリとアマデウスの邂逅邂逅というかまあ必然の出会いであったようにも思える描き方で、そして彼の才能に打ちのめされていく様を。そして2幕目はその嫉妬が憎しみへ転化していく様を。3幕目はサリエリの企みにより父の幻影にどんどん追いつめられ疲弊しながらも音楽にのめりこんでいくヴォルフガングとまたそれをジェラシーの炎に焼かれながらも離れられないサリエリを描いていく。

重要なアイコンとして神(キリスト像)そして楽譜。仮面舞踏会のマスカレードがでてくる。表と裏。才能のある者がさらなる才能によって打ちのめされてしまう神の悪戯。そういう2面性が随所に散りばめられている。

純粋な少年の心を持ちながらも音楽をするために腹芸もこなしてきたサリエリと天真爛漫なままのヴォルフガング(トム・ハルスがモーツァルトを演じたのは彼が天使のような童顔だったからではないだろうかと思っている。だからこそヴォルフガングのそういう天衣無縫さがよく表現されていた)。対立は必至だが、サリエリがラスト間近でとる行動は、音楽の神には愛されなくとも、彼は音楽を深く愛していたことにほかならないシーンだった。

だが最後の最後に、サリエリは凡人として我々は生きていけばいいのだと神父に語りかける。まさに悟りの境地であり、かつまたこれは「一夜の夢物語」として昇華したシーンとして深く刻まれた。いやミロス・フォアマンやっぱり名匠ですわ、またサリエリを演じきったF・マーレイ・エイブラハムもオスカーに値する名演だった。

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余談:
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by tonbori-dr | 2010-10-04 10:37 | Movie