週末に終末がくるとすればこんな感じ『ハプニング』

なんかめちゃくちゃひさしぶりな感じのスルー映画祭りシリーズ。今回はあのシャマランの作品。
なんでこれにしたかというと、キャストと予告編から受けるアンバランスさから。
マーク・ウォールバーグにジョン・レグイサモという極めてアクションな匂いのする2人がキャスティングされているのに非常に大人しく交差点で車が衝突するような場面も無く廃墟となった街並みでショットガンとアサルトライフルで武装しコーナーを警戒しながら進むでもなく、世界が徐々に狂っていく様を大人しく描写している。

基本、シャマランのこの1本前の水の中の妖精をどうこうというのは観ていないけど、今回オチをかなり早いうちにさくっとバラしている。それが何なのかは観てご確認を。

で結局やりたかったのはいったいなんだったのかはちょっと印象が散漫すぎて分かりづらい。困難な状況下での人の絆のもろさとそれでもよりそうことでしか確かめ合えないモノを描きたかったのか?それともベタに人類の慢心を警告したかったのか?

そのどれもがそうではなさそうでそんな感じさを持っている、一種不思議な作品。

多分多くの人がこれは何だろう?と考え込まされるのでは?
でそれが、シャマランの狙いかなと。あきらかにミスキャストな主人公に主人公の友人。そしてエキセントリックないかにもな主人公の妻(ヒロイン)。そして人がバタバタと死んでいく様をことさら大げさに描くでもなくさらっと流している。

意図は知らんけどとりあえず人の思うことの逆をいってやるという悪意のようなものを感じたよおいらは(苦笑)いや面白がっているのかな?

多分シャマラン自身は世界に終末がくるとしたらさっと台風のようにやってきて、さっと去っていく。と思っているんじゃないかな?そういう意味ではとても分かり易い人ではある(笑)

あまりにも真面目に考える人とか、いい者、悪い者がはっきりしていない映画は苦手な人は観ないほうがいいかも。というかそういう理由は曖昧なのは台風が発生するメカニズムが一応説明が付くけど実はよく分かっていないのと同じだから。なので起こっていることが全て。

マーク・ウォールバーグは今回、ハンドガンを構えて一人で立ち向かうわけでもないし、レグイザモは別に元軍人のギャングでもない(笑)だからこそキャスティングされたのだろうけど、ズーイー・デシャネルはなんかやらかしそうでやらかさないトコを見るとそういう意図があったのかも。ちなみにBONESのテンペランス・ブレナンに似ているなと思ったら実の妹だった(ブレナン博士役エミリー・デシャネルの妹)頬骨に目に同じ血脈だろうと想像させるものがある。

シャマランの味を味わうには良いかもしれません。でもやっぱりこの前の作品はイマイチ観る気がしないなあ(笑)

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by tonbori-dr | 2009-06-24 22:54 | スルー映画祭り