*届かなかった手紙-硫黄島からの手紙-

去年に『硫黄島からの手紙』の公開と前後して『戦場の郵便配達』というTVドラマのドキュメンタリー部分が挿入されるプログラムをやっていた。
そしてそこで描写されたのは『硫黄島からの手紙』ではあまり大きなウェイトを占めていない帝国海軍の市丸少将がクローズアップされていた。(実際の物語の中心は海軍航空隊の根本少尉)今から思うとこのTVプログラムを観たのは正解であり失敗でもあった。

この作品はクリントの前作『父親たちの星条旗』と対になっており内容まで対になっている。

無理やりに戦場から引き剥がされた兵士が虚構に満ちた舞台で毎日、友が死んでいっているのに後方でどんどんやり場の無い鬱屈した思いを溜め込んでいく様と戦場での無慈悲さを起こったことを時系列をバラバラにするようにまるでPTSD(心的外傷後ストレス障害)のようなフラッシュバックとして追体験させる。

そして今作ではほぼ時系列どおりに迫ってくる米軍、守備隊の様子、栗林中将による地下要塞構築、そして上陸、逃げ場の無い戦場。そこでの出来事を淡々と描写していく。

やはり予告編のように感動の戦争スペクタクルではなかった。
確かに硫黄島の防衛戦では無数の銃弾が飛び交いそして圧倒的な物量を用いてくる米軍というものを描写しているにもかかわらずこの冷淡なまでな描写は前作に通じるモノがある。



ひとくちにいえば非常に冷静に俯瞰している視点と丁寧にひととなりを描写しているシークェンスが存在しているそんな映画だった。そして間を大事に取り場を演出している。

ここに『ミリオンダラー・ベイビー』の時のような間が感じられた。前作『父親たちの星条旗』が『ミスティック・リバー』のように多層的な構造になっていたことといいその意味でも対になっている気がした。

そしてタイトルロール的にはケン・ワタナベが主役だが実のところジャニーさんところの坊や。二宮くんとのダブル主役(裏主役?)。もちろんケン・ワタナベが栗林中将として、彼の手紙があってこそのこの作品なんだけれどそこにもう一音足してくるのがクリントらしさ。それが二宮くんの演じるところの西郷なのだ。彼も手紙を書く。国に残してきた妻とまだ見ぬ娘に。そしてそれは栗林の手紙に重なっていく。そういう部分で一般兵と指揮官も共に同じ戦場で戦う者たちの心情を印象付けるため、そしてその地獄めぐりを最後に締めくくる人間として西郷の存在がクローズアップされてくる。

ただ問題がいくつかあって、二宮くんの台詞回しがちょっとどないよ?というのはあったし戦闘が史実は一月ほど続いたのだが映画では1週間足らずの時間経過しか感じられないというのもあった。そしてこれは蛇足的になるが市丸少将のエピソードをしっていたが故に彼の存在が栗林中将に統合されているのではないのか?という疑念が出てしまったことは残念だったしそのあたりもうちょっと整理して描けなかったのか?と思う。そういう意味ではホンの練り込みが足りないもしくはリサーチの不十分さを滲ませている。しかしそれはおいらがあのフジのTVプログラムを観ていなかったら観るまで知らなかった事であったのでそこまで言うのは厳しいとも思えるがそれでもあえて書いておきたい。(ルーズベルトへの手紙というまた手紙というキーワードがある以上やはり脚本家のアイリス・ヤマシタはこれを知っていたはずだしアドヴァイザーのポール・ハギスも知っていたはず。多分尺の関係と登場人物の関係の複雑化を嫌い削ったのかもしれないが残念。反対にフジでは映画では栗林中将メインということは解っていたので大胆に市丸少将のみにスポットをあてている。ちなみに最後の突撃はウィキペディアの記述によると栗林中将、市丸少将の残存部隊が共に突入したとあるがどちらもそういう描写は無く双方の残った残存部隊と共に敵地に斬り込んだとなっている。参照|ウィキペディア|硫黄島の戦い
それでも前作でも見せた色調をあえて落とし空気を演出していくクリントメソッド。それが流れるようにリズムを刻んでまたしても長丁場を長いと感じさせなかった。その仕事の鮮やかさは賞賛できよう。

真の硫黄島の戦闘に参加し生き残られた方々にはこれでもまだ足りないと思うしもっといい話やえげつない話も双方共ににあっただろう。
だけど少なくとも硫黄島で日本軍が戦いそして多くが死んでいったことだけは広く世間に知られたと思うし既に戦後60年が経過して行く中でさらに風化していく中、クリントはよく撮ったなと思うしその勇気には感服する。もちろん実際のエピソードを交えているのだろうが史実であったことに脚色をいれた物語を構築するということはそれだけで冒険であり勇気のいることだからだ。

そして、だからこそ戦後すぐではなく今だからこそという意味では何故日本からこういう目線での作品が撮られなかったのか?という気が凄くする。
戦中派の方々が現役当時の撮った『潜水艦イ-57降伏せず』や喜八監督の『血と砂』など数十年前には確かにあったのに・・・。クリントが日本人の監督に任せたいと発言しながらも結局それを受けれる器がいなかったのだがそれを思うと非常に残念でならない。

そういう意味でも今日本人が観て何故これが撮れなかったのかという意味で観て欲しい映画だと思う。
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by tonbori-dr | 2007-01-19 01:24 | Movie